作者 | 阿部共実 |
出版社 | 秋田書店 |
巻数 | 全1巻 |
連載期間 | 2013年-2014年 |
個人的評価 |
『ちーちゃんはちょっと足りない』あらすじ
成績、お金、恋人、友達、いつも何かが足りない気がする中学2年生女子のちーちゃんとナツ。
2人はクラスの中で成績優秀な友達・旭や、学級委員に助けられながらも、普通の日々を送っていた。
しかし、ある放課後、クラスからお金を盗まれる事件が起きて・・・
「はぁ私たちはなんだか私たちって」何かが足りない少女たちの日常はどうなる?
『ちーちゃんはちょっと足りない』ネタバレ無しレビュー
心が痛くなる日常、あなたは誰に共感する?
今回レビューするのは「心がざわつく漫画」を描くのが得意な阿部共美先生の作品『ちーちゃんはちょっと足りない』です。
阿部先生の他作品を知っている人は分かりますよね、そうですいつもの感じです(笑)
分からない人からしたら可愛いらしい表紙だし、日常まったり系かなと思うんじゃないでしょうか?
あながちそれも間違いではないのですが、かなり心を負の方向に揺さぶられる漫画ですのでお気をつけて。
さて、この漫画は主人公のちーちゃんとその友達のナツの学校生活が主に描かれています。
そこでは漫画でしか描けないようなとんでもない事が起きるわけではありません。
しかし、二人の今までの学校生活ないし生き方までもが変わる(かもしれない)事が起きます、それはひょっとしたら自分を含めた誰もが経験した事があるような事かもしれません。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
この漫画は人間関係の生々しさ、劣等感からくる惨めさ・・・そんな鬱屈とした感情が溢れています。
その複雑な「負の青春」を全1巻で描き切っているのが本当に素晴らしいんです!
青春って楽しい事ばかりじゃないですよね?いや楽しい事ばかりだった人はそれは凄く幸せな事なので良いんですよ(羨ましいけど笑)
自分はどっちかというと失敗や辛かった事を多く思い出してしまうタイプなんです。この作品はまさに自分のような陰キャラ性格の人にはきっと合う作品と思うなぁ。
作品の中でとあるキャラが起こしていく言動と行動は「〇〇最低やな」で終わる人もいれば、「〇〇は最低なんだけど共感する部分も無いでも無い」という人もいるんじゃないかな?
劣等感を感じやすい人は後者であり、この作品により感情移入をできるかもしれません(自分は完全にこっちでした)
この『ちーちゃんはちょっと足りない』は 「このマンガがすごい! 2015」のオンナ編で1位を取りましたが、決して女性むきという訳でなく年齢・男女関係なく心に響く漫画ですよ。
メンタル的に落ち込んでいるときにはオススメしませんが、人によっては心をえぐられる様な衝撃を感じられる漫画なのでぜひ読んでみてください!
・ネガティブ思考になりがち、劣等感を持ちやすい人
・鬱な気分になりたい人
・全1巻の短い漫画が読みたい人
『ちーちゃんはちょっと足りない』ネタバレ有りレビュー
日常から足を踏み外す
序盤はちーちゃん、ナツ、旭の三人組を中心にゆるい日常コメディが進んでいきます。
この序盤もキャラの個性付け、伏線などは後になって思えば結構ありましたよね。
大きく物語が動き出したは5話のラスト。
女子バスケ部が顧問のプレゼント購入の為に集めていた3000円をちーちゃんが盗み、それを教えられたナツは怒らないどころか1000円分けてもらいます・・・
この日常を踏み外す描写、ゾクッとしました。自分でも同じ経験じゃないにしろ日常にない事が起きた時、周囲が歪むようなフワッとした気分になる事が何度かあったんですよ。
本当、阿部先生はこういう描写が上手いわ。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
ここの面白いところってちーちゃんは特に非日常を感じていないんですよね。後で書きますがちーちゃんはこの行為をそこまで悪と思ってやっていないんです。逆にナツはその行為がどれだけの悪か分かっているから、あそこまでの歪むような描写になっているんですね。
真の主人公
『ちーちゃんはちょっと足りない』がタイトルで表紙もちーちゃんなので、ちーちゃんが主役のようですが真の主人公はナツでしょう。
上記の出来事以降、視点はほぼナツで進んでいきます。
ちーちゃんは見た目も思考も幼く本能のまま動くまさに子供です、知的な問題があるかもしれません。
一方、ナツはしっかりと年相応の考えを持っています。
しかし、ネガティブ思考で常に自分を卑下する劣等感のかたまりです。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
お世辞にも良い性格とは言えません、盗んだお金に対しても最後まで罪悪感は持たないし、劣等感がある割には他者を内心では下に見ている傾向があります。
でもそれがリアルというか、聖人君子のような人間ってほとんどいないですよね?
誰だって汚い部分を心に持っているんじゃないかな・・・
そして、そんなナツがどんどん追い込まれる展開になるのがマジでキツイ。
取りないのはお金ではない
今回、お金を盗った事をちーちゃんは「もっといっぱいほしい、ちーにはなにもない、なんで」
ナツは「貧乏は罰なの?」「ちょっとぐらい恵まれたっていいでしょ、私たち」と語ります。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
じゃあ、二人の家庭はそこまで極貧なのか?そうでもないんですよね。
確かに裕福ではありませんが、団地暮らしの下流家庭と読み取れます。
なぜお金を盗んでしまったのか?
結局、人間は無いものねだりなんだなと思いました。
少し我慢すればいいことが出来ない、人間の欲望は底なしですね。幼い年代ではそれがさらに顕著に出るんでしょう。
実際ナツも後日お願いしていた小遣いを親が用意してくれていましたよね。貧乏を言い訳にしていましたが、実は自分たちの心の乏しさこそが原因なんですよね。
変わるちーちゃん、変わらないナツ
結局、お金を盗んだことはちーちゃんが旭にあっさり話したので、すぐにばれてしまいました。
この辺からちーちゃんがお金を盗んだことを重くとらえていない事が分かりますね。
そして、女子バスケ部の面々の前に連れていかれて謝ることになります。
そこで旭は無理やり謝らせようとしますが上手くいきません。
そこで女子バスケ部の不良っぽい外見の藤岡がちーちゃんのヘアゴムを取って「代わりにこれをもらう」という事で初めてちーちゃんは自分のした事がどれほど悪い事かを知って謝ります。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
結果的に全員の前で罪を告白し謝罪した事でより色んな人と絆が深まっていきました。
しかし、その一方でナツは窃盗がばれそうになった恐怖から保健室に逃げていました。
そこで考えている事も他者への恨みつらみばかり。
ナツが共犯だったことはちーちゃんが意地でも喋らなかったのでばれませんでした、これが良かったのか悪かったのか。
その後ちーちゃんと旭と会ったナツは先ほどあった事を知らないので、苦手な不良の藤岡の悪口をここぞとばかりに話しますが・・・その時のちーちゃんと旭の顔はキツかったですね。
反対に旭から共犯を疑われ、逃げるように一人で帰る途中で幼い兄妹をあやす藤岡の姿を見て、ナツは「はいはい、どうせ私だけがクズですよ」とさらに自己嫌悪の渦に飲まれる・・・
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
キツすぎる・・・あるよなぁ、こういう自分だけがどうしようもない人間に思える時・・・
最後はハッピーエンド?バッドエンド?
ラストの展開はその後、ナツは旭が女子バスケ部の面々と仲良くなっている姿を見て、お金の窃盗事件の顛末を察します。そして旭に電話するもそっけなくされて、自分にはちーちゃんしかいないと再認識。
最後はちーちゃんと出会い、「私たち、ずっと友達だよね」と問いかけて、「うん」とちーちゃんが受け入れてくれたところで終わりです。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
一見ハッピーエンドですが、そう思えないのがナツは結局何も変わっていないんですよね。
最後もちーちゃんがお金を貯めて藤岡にお金を返すと言うと「返さなくていいよ藤岡さんになんて」と言い、更に「もう旭ちゃんとも遊べないから」とまで言います。
ちーちゃんは何かを考えているようでしたが「うん」とは返しました。あのちーちゃんが空気を読んだんです。
ちーちゃんとナツの二人の関係は良好に続くでしょうが、人として成長しているちーちゃんと全てから逃げているナツ、この二人がどうなっていくか不安しか残りません。
めっちゃモヤってする終わり方ですよ(笑)
自分はこの結末をバッドエンドと思います。
最終回のその後ですが自分の予想は、ちーちゃんはこれからも失敗を繰り返しつつも成長し他の人からも信頼を得て明るい未来が開く。
ナツは逆にどんどん自分の世界を閉ざしていき孤独な未来になりそうかな。
ナツは最後まで成長しませんでした。
自分を駄目だと劣等感を持ちいつも行動をしない。
そのくせに人を下に見る、ちーちゃんと藤岡の事は特に下に見ていた気がします。
そうやって自分より下の人間を見ることで自己正当化していたんでしょうね。
ちなみに最後のカットが1話のカットと対比になっています。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
上が1話、下が最終話、これは面白いですよね。1話では3人いたのが2人に、距離は少し進んでいる、後ろの駐車場は空車だったのが満車に・・・
単純に時間の経過と言う事かもしれないですが、何かの示唆のようにも感じちゃいます。
自分なりの考察です。
人が減っているのはそのまま自分の周囲から人がいなくなる、空いていた駐車場が満車になるのは世界が閉じていく示唆、距離が進んでいるのはその状態で人生が着々と進んでいる、しかも坂道の下り・・・
誰の人生(世界)でしょうか?ナツに決まってますよね。
なので最後のシーンは、ナツの人生(世界)がどんどん閉鎖的で苦しいものになっていく暗示なのかなと思いました。
どうしてもナツに共感してしまう
さて、ここまで作品を語ってきましたが、ナツをかなり悪く言ってきました。
いや、実際悪いんですけどね。
でもナツの思考・行動には共感できる部分が多いんですよね・・・
自分に自信が持てない・他人のせいにする等、正直心当たりありますよ。
人気者みたいに自分から行動できない、何をやろうにもどうせ自分なんてと考えてしまう。
ナツの行動・思考は格好悪くクズなんですが、その人間臭さに同じような部分がある自分なんかは共感してしまうんです。
いつも注目されないけどリボンがあれば皆に注目される!と意気込んでリボンを付けて登校するも誰も触れない・・・形は違えどこんな経験ある人いませんか?(自分はある・・・)
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
物語の脇役じゃなくて主役になりたい・・・でもなれる人って限られてるんですよね。
こういう事の積み重ねがネガティブ思考になっちゃうんですよ(苦笑)
そしてナツと対比的に描かれる旭が好きになれない・・・
旭は何でもズバズバいう正義感があり、学業優秀、家はお金持ち、年上の彼氏持ちと素晴らしいスペックではあるけど・・・
根本的にナツを下に見てるんですよね、自分はDVDを貸したりしますがナツのオススメの漫画を貸すという提案は断る。ナツのリボンも気付いていたけど普通には言わないのに、盗んだお金で買ったのかと疑う時に言う。
そして最後ナツたちではなく、女子バスケ部と遊びに行きいつものメガネを外してオシャレをする。
ナツの言う「ずっとそっちにいきたかったんだね」が核心でしょう。
引用:漫画『ちーちゃんはちょっと足りない』
自分はナツの方に共感してしまうタイプです。
悲しいかな、劣等感の強い人はナツに共感を覚えてしまいますね。
<まとめ>『ちーちゃんはちょっと足りない』レビュー
長々と語ってきましたが、メチャクチャもやもやするけど、それだけ心に響いた素晴らしい漫画です。
これだけ機微な人間関係、人間の「陰」の部分を描ける阿部共美先生はどんな生き方をしてきたんだろう?(笑)尊敬します。
ただ、読んだ後の後味の悪さが凄くて落ち込んでしまうのがしんどいので評価としては「A」としました(苦笑)
阿部共美先生の他作品もオススメ!